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古備前スペシャル
このページで紹介する古備前目次
 
古備前スペシャル其の壱「人形徳利」【江戸中期の作品】
古備前スペシャル其の弐「室町時代の壷」【室町初期〜中期の作品】
古備前スペシャル其の参「江戸時代中期の花瓶」【江戸時代中期の作品】
古備前スペシャル其の肆「室町〜桃山時代の大壷」【室町〜桃山時代の作品】
古備前スペシャル其の伍「桃山時代の大壷A」【桃山時代の作品】
古備前スペシャル其の陸「桃山時代の大壷B」【桃山時代の作品】
 
 
古備前スペシャル其の壱「人形徳利」【江戸中期の作品】 ▲目次へ戻る
 

江戸時代中期に登場した備前人形徳利。一部を凹ませた徳利に福の神を貼り付けた縁起の良さで人気を博しました。
※この品は口の部分に直し箇所あり。鑑定書も付いています。↓↓↓下の写真をクリックすると拡大画像を表示します。↓↓↓
( 拡大画像にカーソルを合わせると、次の写真へのボタンが現れます。キーボードの「N」と「P」でも操作できます)

 
人形徳利
人形徳利2 人形徳利3 人形徳利アップ 人形徳利アップ2
人形徳利アップ3 人形徳利アップ4 人形徳利アップ5 人形徳利アップ6
 
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古備前スペシャル其の弐「室町時代の壷」【室町初期〜中期の作品】 ▲目次へ戻る

室町初期から中期の作。約600年間の風格漂う一品です。
※この品は直し箇所多数あり。窯印はありません。↓↓↓下の写真をクリックすると拡大画像を表示します。↓↓↓

室町時代の壷(正面)
室町時代の壷(左側) 室町時代の壷(後側) 室町時代の壷(右側) 室町時代の壷(アップ)
室町時代の壷(上面) 室町時代の壷(底面) 室町時代の壷(底面アップ1) 室町時代の壷(底面アップ2)
 
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古備前スペシャル其の参「江戸時代中期の花瓶」【江戸時代中期の作品】 ▲目次へ戻る
  

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【古備前】江戸時代中期の花瓶1
【古備前】江戸時代中期の花瓶2 【古備前】江戸時代中期の花瓶3 【古備前】江戸時代中期の花瓶4 【古備前】江戸時代中期の花瓶5
【古備前】江戸時代中期の花瓶6 【古備前】江戸時代中期の花瓶7 【古備前】江戸時代中期の花瓶8 【古備前】江戸時代中期の花瓶9
 
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古備前スペシャル其の肆「室町〜桃山時代の大壷」【室町〜桃山時代の作品】 ▲目次へ戻る
  

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【古備前】室町〜桃山時代の大壷1
【古備前】室町〜桃山時代の大壷2 【古備前】室町〜桃山時代の大壷3 【古備前】室町〜桃山時代の大壷4 【古備前】室町〜桃山時代の大壷5
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古備前スペシャル其の伍「桃山時代の大壷A」【桃山時代の作品】 ▲目次へ戻る
  

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【古備前】桃山時代の大壷A-その1
【古備前】桃山時代の大壷A-その2 【古備前】桃山時代の大壷A-その3 【古備前】桃山時代の大壷A-その4 【古備前】桃山時代の大壷A-その5
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古備前スペシャル其の陸「桃山時代の大壷B」【桃山時代の作品】 ▲目次へ戻る
  

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【古備前】桃山時代の大壷B-その1
【古備前】桃山時代の大壷B-その2 【古備前】桃山時代の大壷B-その3 【古備前】桃山時代の大壷B-その4 【古備前】桃山時代の大壷B-その5
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時代を超えた、土と炎の素朴な魅力

岡山県備前市伊部を中心に、須恵器の流れを汲む1000年の歴史を持つ備前焼。
日本六古窯といわれている瀬戸・常滑・丹波・越前・信楽・備前のなかでも、備前は最も古い窯です。
鉄分の多い田や山の土を練り合わせ、釉薬をかけず1200度の高温で約2週間に渡って焼き締められた赤褐色の深い味わいと、「窯変」と呼ばれる多彩な表情が特徴。
土味を生かした枯淡で素朴な味は国内外で高く評価され、5人もの人間国宝を輩出しています。

日本六古窯分布図

備前焼の歴史
備前焼の誕生
新羅・百済を経由して5世紀頃に日本にもたらされた須恵器は、それまでの土師器に比べ高温で焼かれる灰褐色の硬質な焼物でした。
須恵器は各地で生産されましたが、備前地方もまた、主要な生産地でした。当時の窯は邑久郷一帯に散在していました。
平安時代から鎌倉初期にかけて、陶工が燃料の松などの木が豊富で山土にも事欠かない熊山山中に移り住み、 窯を築くようになります。そして鎌倉中期頃より備前焼特有の赤褐色の色を呈し始めました。

室町時代になると、備前国庁が置かれた備前福岡の賑わい、片上湾の開港に引き寄せられるように、熊山山中で産声を上げた備前焼の窯は次第に山を下り、窯は大型化して行きます。
また、これまでは種壷や油壷などの生活雑器であった備前焼が「ひえ枯れた」趣があるとして「侘び茶」開祖である村田珠光によって茶陶として用いられるようになります。
備前エリアの地図


古備前の華「桃山時代」

桃山古備前の壷

16世紀後半、散在していた窯が3つの大窯に集約され、組織的、計画的生産が行われるようになります。共同の大窯を使うため、各窯元は製品を識別するために「窯印」を付けるようになりました。また、大窯の中に置く焼物の位置のよって火襷(ひだすき)など様々な窯変が生まれました。
茶陶としての人気も高まり、数多くの名品が
誕生したのもこの頃です。他にも各種日用雑器の生産も伸び、備前焼は一つの頂点を極めます。

写真は桃山古備前の壷

金重陶陽と「桃山回帰」
江戸後期から磁器などに押され長く低迷していた備前焼ですが、大正から昭和初期に掛けて陶磁器への関心の高まり、茶の湯の一般への普及などの時代背景の中、金重陶陽が桃山陶への回帰を唱えて登場、再び備前焼の魅力が全国に知れ渡る事となりました。
金重陶陽は人間国宝となり、その後も、藤原啓、山本陶秀、藤原雄、伊勢崎淳と人間国宝を輩出、その人気を不動の物とします。
現在も、伝統の作風に加え、様々な作品が一つ一つ手作りされています
 

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